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公平らしさ

岡山地裁倉敷支部で裁判官が検察官の求刑意見に釈明。

倉支部支部の求釈明が全国版のニュースになるんだ・・・・。それだけ裁判に対する社会の関心が高いということか。

記事に書いてあることだけでしか言えないが、この裁判官の行動はちょっと寂しい。
裁判官は孤独な職業だというイメージがそぐわない。
裁判官だって誰かに相談したくなるときがあるだろう。しかし、その相手が検察であってよいのか。
検察に寄りかかったひ弱な裁判官というイメージがわいてくる。
しかし、実際にはこの裁判官は別のことを考えていたのではないか。

求刑より重い判決が出たら、検察官は当然遺族から批判に晒されるだろう。検察内部でも、求刑に問題がなかったのか検討がなされ、担当検察官は内部の批判にも晒されるかもしれない。
そうなる前に、担当検察官にそれとなく判決内容を伝え、問題を表面化させずにおさめようとしたのではないか。

もしそうなら、それは気配りである。
しかし、この気配り、一体どちらを向いているのか。そこまでして担当検察官をかばおうと思わせたものは何か。
支部のことでもあり、週に何回か丸一日同じ法廷で過ごす検察官に身内のような感情を抱いたのか、あるいはその機嫌をそこねると仕事がしにくくなると思ったのか。
日々顔を合わせているのに、事前に一言ないというのはいかにも水くさいと思ったのかもしれない。

大阪本庁とは違う事情がいろいろとあるのだろう。
しかし、裁判所は、いつも言っているではないか、公平であることと同じくらい公平らしさは大切なのだと。
検察に気配りするのはやはりおかしい。気配りは、国民に対してしてもらいたい。

検察にしても、求刑を上回る判決が出れば、内部で検討会が開かれ、それは今後の量刑にとって貴重な資料となるだろう。
なれ合いはそういう研究のきっかけをもつみ取るものだと思う。

裁判官と検察官とが相互に信頼感を抱いているのは悪いことではない。
しかし、良い意味での緊張感を欠いた関係からでてくるのはなれ合いであり、国民が信頼するに足りる裁判ではない。

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