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砂時計のなかで

明日から連休。
読みかけの『砂時計のなかで』を読了する予定。

3月に徳永先生から、僕を主人公にした本だよ、といただいた。
先生が主人公かどうかはともかく、以前、友人が書評を書いており、読みたい思っていたのでありがたくいただいたのだが、タイトルのセンチメンタルさに比べて内容が重く、まだ半分くらいしか読んでいない。
薬害エイズ訴訟。
知り合いの先生方のお名前がいくつも出てくる。この先生方にこんなに熱い時代があったのだと知る。

あの訴訟のことは、塩野先生のロイヤリング講義で初めて知った。その鮮明な印象は今も思い出す。
講義を聴きながら、過失の時期を後ろにずらせばもう少し楽な訴訟になるだろうということは当時学生の私にでもわかった。
どうしてそうしないのだろう、とちょっと考えて、被害者を分断できないのだと思い当たった。
過失の時期を後ろにずらせば、感染時期によって、救済される患者と救済されない患者に分かれる。
しかし、そうしなければ原告は勝てないのではないかと思いながら講義を聴いていた。

薬害エイズの刑事事件の方は修習生のときに一部傍聴した。その中で、アメリカ支社に勤務しているときには、非常な危機感を抱いて、何度も日本の本社に報告書を送ったが、日本に帰ってきたら問題になっておらず、その雰囲気の中でアメリカで抱いていた危機感をいつか忘れてしまった、という証言が印象に残っている。

周囲が反応しない中で、たった一人で危機感を抱き続け、周囲を説得し続けることなど不可能に近いのだろう。
今も、合衆国の人は、狂牛病について何も知らされず、危機感を抱いていないし、温暖化については中国も合衆国も気にしないらしい。

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