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親の自己決定、子の福祉

曇り、ときどき小雨。涼しい。

昨日、最高裁で冷凍保存精子から生まれた子の父に対する認知請求が棄却された。
報道記事を引用しようと思っていたのだが、気になって原文にあたることにした。

名文である。悩みぬいた判決であり、生命への畏れに正直である。
ニュースを聞いたとき、生まれる前から父がいないとわかっている子を産むことに対する疑問が頭をよぎった。
しかし、自己決定という言葉が思考を停止させ、他人のすることにとやかく言わないのが当たり障り無く生きるコツのようになっている自分がいた。
最高裁の判事たちは、正面からこの問題に取り組んでいる。
生まれて来た子の福祉を考え、これから生まれるかもしれない子ども達への司法の責任を考え、その間で一つ一つの言葉を悲痛な思いで絞り出している。

親の願いは、自分が死んでも自分の子が生まれてほしい、その子に家を継いでほしいというものだった。
妻は夫の希望を実現した。
生まれて来る子の意見など求めようもない。

法律の話をすれば、父の死後に母が懐胎した子が父の相続人ではないことは、高裁と最高裁共に見解が一致している。胎児は生まれたものとみなされ、相続人となるが(886条)、死後に懐胎された子は、父の死亡時に胎児でさえなかったのだから、相続人となりようがない。

法律上の効果として高裁と最高裁で見解が異なったのは、代襲相続ができるかどうかである。
高裁は、父を代襲して相続することができると考えたが、最高裁は、代襲相続人となるためには、被代襲者(死亡した父)の相続人でなければならないとした。
そうすると、父の死亡後に母が懐胎した子は、母を相続することはあっても、父の家を直接継ぐことはない。
死亡した父の、子に家を継がせたいとの希望はそもそも叶えられないものであった。

仮に代襲相続を認めるとして、父の生存中に生まれた子(兄、姉)があるとすると、父が同意していれば、父と婚姻関係になかった女性との間にも父の死後何年たっても弟妹が生まれ続けるわけであり、代襲相続の相続関係は著しく不安定になるだろう。

父は生まれた子を扶養することも親権を行使することもできない。
認知を認めたときにかろうじて生じる法律効果は、父の親族と子との間に扶養義務が生じることくらいだ。

裁判官たちは何がなんでもだめだと言っているのではない。
むしろ、この判決を契機に議論がすすむことを期待している。

「懐胎時に既に父のいない子の出生を両親の合意によって可能とするというのは、親の意思と自己決定を過大視したものであって、私はそれを認めるとすれば、同意の内容や手続について立法を待つほかはないと考えるのである。」
「ここで考えなければならないのは、生まれてきた死後懐胎子の福祉をどうするかだけではなく、親の意思で死後懐胎子を生むということはどういうことであり、法律上の親子関係はどのようなものであるべきかであって、その中で生まれてくる子の福祉とは何かが考えられなければならないのである。」
(滝井繁男最高裁判事)


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