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民訴シンポジウム雑感

曇り時々小雨。涼しい。

先週の土曜の民事裁判シンポジウムの会派幹事会向け報告書を書かなければならないのだが、他の用事の後回しになってなかなか進まない。
パネリストに京大の山本克巳教授、大阪地裁の森裁判官をお迎えし、会場には東大の高橋教授や神大の鈴木教授など豪華な顔ぶれ。
テーマは「新しい民事訴訟を活用できているか」。

もっぱら実務の運用が話題になったために、森部長が「また私ですか、疲れました」と途中で冗談を仰るほどの活躍。
せっかくパネリストとして山本教授に来ていただいているのに、山本教授のことをよく知らないのではないかと思われる司会が上手く話をふらずにちょっともったいない気がした。
法社会学の先生もパネリストとしていらっしゃったが、想像力が欠如しているのか、思考が固いのか、どうしてこんなに自分の視野からしか物事を見ることができないのだろう。

司会が、市民の方からいくつかの質問が寄せられているというのを聞いて、ちょっと驚いた。
民事訴訟法は言うまでもなく手続法で、法律の中でも技術的な分野だ。
陪審員制度をとっている合衆国の刑事裁判でも、手続に関しては、専門家だけでやりとりをしている(実際に見たことはないが、アメリカの映画や小説だとそうなっているからそうなんだろう。)。

会場から感想を述べた高橋教授は格好よかった。受験生のときこの人の「民事訴訟法講義ノート」で勉強をした。無味乾燥に思えた手続法が生き生きと語られていた。
教授は、シンポジウムの間中ときどき感じてした違和感をずばりと言葉にしてくださった。「訴訟が迅速になされているのはわかった。しかし、適性と充実はどうやって達成するのか」。
集中証拠調べをすると、1日ですべてすむので、記録を読み返さなくてよいし、裁判官は全体像がわかりやすい。しかし、相手方が提出した陳述書だけから、主尋問の内容を想像し、反対尋問の準備をしなければならない。主尋問の内容を検討し、新たな証拠を探して反対尋問で主尋問の虚偽や矛盾を暴くということができないのだ。
特にアンフェアな相手にあたると困る。

鈴木教授の感想の言葉はもっと心地よかった。立法は妥協の産物だ。私が173条を入れるのをやめようと言ったのに、ある弁護士が強行に入れることを主張した。議論に時間がかかるのを考えて妥協した。今、実務で結果陳述がなされていない、する必要がない、というのを聞いて、妥協しなければよかったと思っている、というような内容だった。
民訴法が改正されたときに、173条はどうやって使うのか同僚と議論したことを思い出す。
法社会学のパネリストの教授は、結果陳述をするのが望ましいと仰ったが、それはないだろうと言いたくなるような理由が付されていた。

地裁本庁以外の裁判所でだが、登録間もないとき、弁論準備で裁判官が何もしないのに驚いて、争点整理をしてください、と言って嫌な顔をされたことをふと思い出した。
今では、そういうことは言わないようにしている。

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