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信託法学会(関学木村仁先生の報告)

曇り。梅雨とのことだが、曇っていることが多く、あまり雨は多くないらしい。

信託法学会。
時間制限のせいか、早口言葉大会の会場に迷い込んだのかと感心するような報告が続く中、関学の木村先生のご報告は出色。
「委託者の意思と信託の変更について」。

信託法の解説書を読むと当然のごとく書かれていた永久拘束の禁止が、なんと本家のアメリカでは当然ではなくなっているとの衝撃(私にとっては。もしかしたら皆様既にご存じなのだろうか?)の報告。

永久拘束が禁止されているのは、財産の市場流通性の確保及び死者の意思が死後も長く財産を拘束するのは不合理だという理由だったのだが、当然のことながら流通性がなくて困るのも不合理と感じるのも委託者ではなく受益者または後世の人々である(委託者が不合理だと思えばそんな信託を設定しない。)。
ということは、永久拘束禁止則(権利設定時に生存している者の死後21年以内に確定的権利となることが確実であるもの以外は設定当初より無効)を緩めると、永久拘束禁止則が邪魔だと考えていた委託者がその州で信託を設定することになる。つまり、その州に信託契約と信託財産が流れてくることになる。
それを当て込んで禁止則を廃止、緩和する州が続々と・・ということで、受託者に信託財産の処分権があることを条件にする州、不動産に限定する州、期間を延長する州から何等条件を付さずに完全に永久禁止則を廃しする州まで、各種ニーズに応じたメニュー取り揃えという状況とのこと。

だけど、不都合があるからこそ長年の実務の積み重ねで永久拘束禁止原則が出来てきたのだから、目先の経済のために原則を取り払ってしまうとやっぱり困ったことが起きないのか、が心配になる。
そこは、必要は発明の母というのか、信託変更のルールが形成されることになる。
一度決めたら変更できないから永久拘束が禁止されていたのだから、永久拘束をしてよいとなるとその不都合は信託内容の変更で対応しよう、ということらしい。
現実的な解決だが、法律がこんなにご都合主義的、場当たり的でよいのか、という気もする。
その変更ルールがまたいくつもの考え方があって面白い。
重要な目的か否かで判断するもの、変更理由と信託目的の比較衡量とするもの、委託者が知っていた受益者がすべて死亡した場合とするもの、委託者が予期していなかった事情を要件とするもの、予期していた事情との要件を不要とするもの等々。

変更が可能だとなると、忠実義務を負う受託者は変更申立義務を負っているのか、が次の問題として生じることになる。

次々にあっと驚く情報に触れ、わくわくするような報告でした。
こういう報告がせめてあと1つあると、よい学会だった、という印象になるのだけど、なあ。


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